ドイツの地上防空 1914-1945






訳者前書き

 この文章は、以下の英文を翻訳したものである。
著者は、「ドイツの高射砲部隊はもっと評価されるべきだ」というスタンスであり、その為に多少とも偏向的な部分が含まれるものの、ここまでまとまったドイツ高射砲部隊に関する記述も他に無いと思われるため、ここに上げておく。


 良く知られた人物や地名の名前はカタカナ表記しているが、そうでないものは基本的に英語のまま記述している(ただしウムラウト等ドイツ語独特の表記は面倒なので抜いている)。また階級は時代や軍隊によって表現が色々と異なりややこしい為、不明なものに関しては英語を併記するようにしている。また英文が難しく翻訳しきれないものについても「?」マークを付けて原文を併記している。

 あくまでも個人的に翻訳したものを上げただけのものなので、詳細については原文を直接参照願います。


Defending Hitler's Reich: German Ground-base Air Defenses, 1914-1945
University of North Carolina

"Sword in the heavens": German Ground-base Air Defenses, 1914-1945
Edward B.Westermann




概要

 第一次世界大戦での経験と、大戦間での高射砲部隊の技術的、組織的発展から、第二次世界大戦勃発時にドイツの政治的、軍事的指導者は、ドイツ空軍の地上防空に対して高い期待を抱いていた。そしてこうした期待は、単純に撃墜数によって戦果を量る標準と結びついていた。1939年から1945年にドイツ空軍の高射砲部隊が挙げた戦果にもかかわらず、多くのドイツ空軍指導者はドイツの地上防空の幅の広い輪郭と効果とを一部しか理解できなかった。彼らはドイツ空軍の防空能力を、高射砲と戦闘機の能力を比較した単純な二項等式を用いて評価するという罪も犯した。この戦闘機対高射砲という近視眼的視点によって、ドイツ空軍の指導者は地上防空ネットワークにおける他の要素の貢献を、一貫して無視するか過小評価したのである。戦争で失われたアメリカ軍航空機の少なくとも半数と、イギリスの爆撃機軍団が夜間空襲で失った航空機の約37%がドイツの高射砲部隊によるものであり、さらに66,000機以上のアメリカ軍爆撃機と9,000機以上のイギリス軍爆撃機が損傷を受けたのである。高射砲部隊は航空機を直接に破壊や損傷させるだけではなく、爆撃機を高空へ押し上げたり爆撃照準中に回避行動を取らせる事によって、爆撃の精度を大きく低下させた。そして高射砲による損傷は、連合軍航空機をドイツ空軍戦闘機の餌食にしやすくした。しかしドイツ空軍の指導者は、撃墜数だけに注目する事によって、こうした「隠れた」効果をほとんど無視したのである。そして同様に、彼らは比較的低コストである偽装や欺瞞手法によって為された優れた結果も、多くの連合軍の爆弾がこうした偽装施設に投下されていたにもかかわらず、認識することがあまりできなかった。重要な支援の他の例としては、戦闘とは離れた場所で探照灯が夜間戦闘機部隊の支援を行ったことや、点防御における発煙部隊や阻塞気球の貢献などがある。結果的に、ドイツ空軍の地上防空は、第三帝国の戦闘機防御を有能にそして効果的に補助したが、しかしその貢献については、当時のドイツ空軍指導者や戦後の航空戦の歴史家によって殆ど無視されるか過小評価されているのである。






目次


はじめに

第1章 第一次世界大戦と地上防空、1914年-1918年

第2章 1919年から1932年の間の防空理論

第3章 実践への理論の転換 1933年-38年

第4章 戦争初期での教訓 1939年-40年

第5章 1941年の勝利

第6章 1942年 賭け金の引き上げ

第7章 1943年、絶え間ない空襲

第8章 本土上空での護衛、1944年1月-5月

第9章 空の黙示録 1944年6月から1945年5月

結言






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