図面をベースとした設計システムと、3DCADをベースとした設計システム




1.はじめに

 長きに渡って、人類は図面をベースとした設計システムによって物を作りだしてきた。これは船も例外ではない。設計組織、設計文化、設計手法、更には対象となる製品の形状、製法においても、この設計システムの影響を受けている。つまり製品を考える上で、設計システムは重要な位置を占めている。
 昨今のコンピューターの発達によって、人間は紙上だけではなく、電子データによっても情報を表現する事が可能となった。この電子データの利便性により、設計知の場所も紙から電子データへと移りつつある。そしてその移行の一端が、図面に代わる3DCADの出現であるといえる。更に、ここ最近の技術の進化により、より高性能なデータベースとネットワークが出現した事で、これまででは考えられないような膨大な量の情報を短時間に処理する事も可能となった。
 しかし、取り扱いの可能な情報量が急速に増大するに至って、人間は「複雑系」という新しい問題に直面しつつある。情報量の増大は単に数値の桁数の増加だけでなく、情報要素数の増大と、それによる要素間の関係数の乗数的な増加に繋がるからである。
 これまでは、技術的制限によって人間一人が取り扱う情報量は自然と制限されていたが、それと同時に効率的に情報を扱えるように、設計組織や文化、手法によっても意図的に情報量を制限されていた。今後、技術的制限が大幅に緩和されてゆく中で、新しい環境に最適な設計システムの新規構築もしくは再構築が必須となることは確かであるが、既存の様々な周辺システム、手法やノウハウというものに縛られている為に、困難な作業となるだろう。

 ともかく、新しいシステムへ効率良く移行する為には、現在我々がどこに居て、そして今後どこに向かっているのかを把握しておく必要がある。既存の手法がどういったものであったのか、そして新しい技術がどういったものであるのかを、それぞれ正しく認識して置かなければ、道を誤り、貴重な資源を浪費することになりかねないからである。


2.図面による設計システム

 現在の造船設計で主に使用されている図面による設計システムは、帆船の設計手法をベースとして、何百年という時間をかけて作り上げられたものである。現在の形式に固まったのは、19世紀末から20世紀初頭にかけての鋼鉄船が造られるようになった頃であり、それ以降は、工作図の出現等があるものの殆ど変化は無い。
 船殻の設計階層における図面の種類は以下の通りである。

・主要寸法、一般配置図
・ライン図(船型)
・基本設計図(Key plan)
・詳細設計図(Yard plan)
・工作図
・ネスティング図、一品図等

 設計階層それぞれで各種の図面が作成されている。そしてこれらの図面の1枚1枚は、製品の一部分しか表現していないものの、全ての図面を作成して揃えてゆくことで、製品全体が表現されるような仕組みになっている。

主な特徴:
・詳細化されるに従って図面の範囲は小さくなり、図面数は多くなる。
・図面は設計モジュールであると同時に作業モジュールでもある。図面単位で各種の作業が行われると共に、図面の組合せや出図管理により、作業フローも管理されている。
・それぞれの図面の種類、大きさ、対象範囲、表図方法、他の図面との組合せ方等は、長い時間をかけて最適化されいる。
・他の図面に対する参照関係は、上流に位置する図面に対してのみ許可される。船殻と艤装のような異系統間の図面も上下関係が存在しており、この上下関係を無視した参照は行われない。
・他の図面を参照する際は、数値や形状を参照元図面と並行して定義しないようにしている。数値の場合は参照関係のみの記述として数値を併記せず、形状を写す場合も寸法値等を記述せず、参照元の図面を見ないと作業が不可能な状態に留めておく。このように、図面システム全体で一つの設計要素がただ一つの図面上にだけ存在するように制限する事で、情報精度を極力向上させている。
・機能設計要素は、基本的に図面上にある製品の形状や数値内に織り込まれており、分離はできない。
・図面は、製品の形状情報だけでなく、矢印の向きなどにより設計意図等の様々な設計知識も表現することが可能である。
・図面はそれぞれ参照関係を持っているものの物理的に分離していることから、複数作業者による並行作業を調整しやすい。反面、参照関係は作業者によって保たなければならない為に、作業者に高度な技能が要求される。
・前船の流用や、改正・変更、シリーズ船の設計に至るまで、スマートにシステム化されている。


 このように、図面を中心とした設計システムは、図面を軸として設計時間、設計階層、設計空間、設計者を上手く分離、構成し、複数の作業者が全体で滞りなく並行作業を行えるように作業環境が構成されてる。しかも紙と鉛筆のみで、この作業環境を構築することが可能なのである。
 3DCADの長所ばかりが一方的に持ち上げられているが、そもそも我々は今、最適化が行き届いた住み良い環境に居る事を、改めて認識しておかなければならないのである。




3.3DCADの特徴と、それを活かした設計システム

 3DCADという名称から、立体形状をコンピュータ上で取り扱う事に目が行きがちであるが、実際には製品に必要な全ての設計要素をコンピュータのデータベース上に直接構築して行く事こそが、最も重要な部分なのである。一つの、もしくは複数のデータベースに分散されつつもネットワークで1つに結ばれたデータベース上に全ての設計要素が構築されることで、3DCADは最大の能力を発揮するのである。つまり、現在多くの造船所で見られるような、図面による設計システムを基本としつつ要所要所でコンピュータを各種の計算や作業に使用している事とは、根本的に異なるものなのである。


・一か所に集中したデータ
 図面による設計システムでは、複数の図面を追わなければ必要な形状を作成することが不可能であったが、3DCADではデータがデータベース上に直接構築されている為、瞬時に必要な情報を取り出す事が可能である。これにより各種の作業や計算が段違いに早く、且つ正確になり、これまではコストや時間の制約で不可能だった計算作業も設計に取り入れる事が可能となるのである。

・設計要素間に介在する人手を排除
 図面による設計システムにおいては、各種設計要素は無数の図面上に分散し、何をするにしても人がこれを収集、解読、変換、そして結合してやらなければならなかった。これにより作業工数が増大するのは言うまでも無く、人手が介在する事でミスというリスクが常に含まれる事になり、また作業者にも高い能力が要求された。しかし1つのデータベース上に設計情報が直接構築されることで、設計要素間に介在していた人手を排除することが可能となった。これにより人為的ミスというリスクを減らし、また作業者に必要とされる能力も比較的に低く抑える事が可能となるのである。

・新しい作業環境の構築
これまでは技術的な制限により、伝統的な図面の種類、図面の区分けでしか作業ができなかったが、データベースの機能を活用する事で、例えばある区画において殻艤一体で共同に設計を行うといった、新しい作業環境を構築する事も可能となる。(マトリクス的なアプローチ)



4.3DCAD化の障害

 一方で、3DCAD化には様々な障害も存在する。

・要素間の参照関係の直接結合によるシステムの柔軟性の低下
 1つのデータベース上に設計情報が構築され、しかも設計要素同士が直接に参照関係を持ってる為、同一の設計要素をオーバーラップした形での複数作業者による並行作業が不可能である。これまでは上流での設計の完了を待たずに、下流でそれを見越した設計作業を行うことが多くあった。また設計ミスが後から発覚した場合でも、これまでは先に必要な部署に指示を先行させておき、後で設計図を変更するといった柔軟な対応をすることが可能であった。しかし3DCADでは、こうした同一の設計要素をオーバーラップした形での並行作業が不可能となるため、代わりとなる並行作業の手法や、トラブルへの対処方法を考案しておく必要がある。特に、機能設計と生産設計でのデータ共有については、十分に検討しておかなければならない。

・既存の手法やノウハウが使えなくなる
 図面による設計システムで蓄積してきた、設計手法やノウハウをそのままでは利用できない。例えば矢印の向きなどの、これまで図面で表現可能だった形状情報以外の設計知識を3DCADでは表現できない。また各種のインターフェースが図面とは大きく異なる為、設計、入力、チェックといった作業の手法や、それらの教育手法を確立しなければならない。

・機能設計要素の取り扱い
 これまでは図面間に人が多く介在する事で、機能設計要素は形状の一部として表現されつつも、作業者の頭の中で理解、分離されることで独立性を保っていた。しかし3DCAD化されることで、機能設計要素は独立性を確保しにくくなっている。今後、船級ルールや設計標準等において形状情報を直接取り扱う手法を確立してゆくようにするか、もしくは3DCAD上で機能設計要素を形状から分離して定義可能なようにしておかなければ、人間による機能設計要素の解読・翻訳作業が必要となり、折角のデータベース化による恩恵が無駄になってしまうことになる。

・新しい設計手法、設計環境の考案という難問
 設計手法や設計環境といったものはそれ自体が複雑であり、それを分析し、新規もしくは再構築して行く事は相当な難問である。また既存の設計システムの完成度が高い事も、この問題のハードルを高くしている原因である。
 特に日本では、設計知識の表現方法とコンピュータ技術にのみ重点が置かれ、個人の作業環境という人間科学的視点や、集団での共同作業という社会学的視点に欠けおり、それが3DCADの導入を阻害している一因となっている。




・周辺環境との調整
 設計手法の3DCAD化は造船所だけの問題ではなく、船級や船主、舶用機器メーカ、下請け会社等とも関連しており、そうした周辺環境とも調整が必要である。
 船級ルールによる制限が特に大きな問題である。既存の、図面による設計システムを前提としたルール設定が行われ続ける限り、3DCADへの移行は困難である。




5.設計の3DCAD化の現状と今後の課題

 現実には上流から下流まで、全ての範囲において完全に単独の3DCADだけで設計を行っている所は存在していない。複数の会社や組織に跨って作業を行っていたり、また同一組織内であったとしても、範囲が広大である上に分業の歴史が長すぎた為、全体を一つのプラットフォームにまとめる作業は、余りにも壮大なプロジェクトになってしまっている。その為、既存の図面による設計システムの部分部分に3DCADを使用しているところがほとんどである。
 しかしその一方で、部分的であっても、これまでよりも広大な範囲で共用可能な情報フォーマットを作ろうとする動きがある。米海軍のLEAPSなどはその最先端のものであるし、規模が劣るものの、日本の船級協会であるNKでもクラスルールを計算する為の設計情報フォーマットを検討中である。また詳細設計以降の3DCAD化は、世界各地の造船所で鋭意推進中であるのは言うまでも無い。

 国家レベルの話であっても造船所レベルの話であっても関連範囲が広大であることには変わりが無く、そこで使われている設計手法を変更するという事は相当に困難な作業となり、個人が筆記用具を鉛筆からシャーペンに持ち換えるような簡単なものではない。
 当然に、変更を推進する強力な組織が必要となってくる。となれば、そうした組織の必要性にいち早く気づき、それを組織し、それに従って変更を推進して行く事が必要である。




ここから以下のページへいけます。