
ケアンズの街の遠景
本文に写真が少ないのは、持っていったのが銀鉛カメラでフィルムをケチッた為と
防水ケースが無かったのでスノーケリングには持っていかなかった為です。
おまけに早々に資料を捨ててしまったので、
ポンツーンのイメージ画像などもお見せできなくなってしまいました。悪しからず。
○1月11日
昼まで仕事をする。当日になって色々とごたごた仕事が湧いてきて、危うく空港行きのバスに乗り遅れそうになる。猛ダッシュで駅まで歩き、コインロッカーに預けておいた荷物を引き出し、三宮まで。何とか12:30発のバスに間に合う。
伊丹から羽田まで飛んで、羽田から成田までまたもリムジンバス。伊丹-羽田の飛行機代はサービスされても、乗り継ぎのリムジンだけで片道4000円もかかってしまう。成田-羽田間の乗り継ぎを何とかできないものか。
渋滞も遅延も無く、17:00には成田空港に到着。待ち合わせは18:15なので1時間以上も時間がある。仕方が無いのでロビーのベンチで児島襄の「大山巌②西南戦争」を読みながら待つ。と、17:30にはMさんが到着。「やけに早いですね」と聞くと、「いやぁ、君と早く話がしたくてにょぉ」と心にも無いお言葉。そこでお返しに「うれしぃにょぉ、Mさぁ~ん」と抱きつこうとしてMさんに肘鉄を食らう。
「それはともかく、さっきからSさんの携帯につながらないんですよ」と真面目にもどったMさんが心配そうに言う。「もしかして、電源切って、家で寝ていたりしたら大笑いですね」と言うと、「いやぁ、とりあえず職場には顔を出してから来るとか言っていたから、もしかすると仕事が終わらないのかにゃぁ」と、その場でもう一度Mさんが携帯をかけなおしてみるが、やはりつながらない。
お互いに最悪の事態を想定しているのか、しばらく2人とも無言になる。「どうしようかねぇ」とMさんが再び携帯をかけようとした時、Sさんが「やぁやぁごめん」と現れる。
「どうしたんですか?」「いや、僕の携帯は古くて待ちだけでも電源がすぐに切れてしまうから、いつも電源をOFFにしていてねぇ」「それじゃぁ携帯の意味が無いじゃないですか」と漫才のネタのようなMさんSさんの会話の中、「とりあえず手続きを済ませましょう」とカウンターへと行く。ここで搭乗券を受けとって、荷物を預けて、出発までの時間を空港内の喫茶店で潰す。それから両替。このところの円安で、すっかりジャパンマネーも弱くなり、1AU$=77円ほどになっていた(東海銀行)。とりあえず8000円ほど両替しておく。
20時前、搭乗開始。機体はカンタス航空。乗務員の半数が男性乗務員と言う恐ろしい航空会社と聞いていたが、果して半数以上がごっつい兄ちゃんで、空の旅の楽しみが一気に半減してしまう。
狭いエコノミークラスのシートに体と荷物を押込み、靴などを脱いでリラックスモード。と、スキンヘッドの外人兄ちゃんが現れて、「ここは俺の席だ」といちゃもんを付け始めた。
「まったくこの外人は、自分の席も分からないのか。困った兄ちゃんだ」と、しようが無しに自分のチケットを取り出して確認させようとしたところ、こちらが間違っていた事が判明する。慌てて席を移動しようとしたら、いちゃもん外人が、本来自分が座る筈だった席へと座ってくれた。いやぁ、親切な外人さんである。
あわただしい中、無事に離陸。離陸後、すぐに遅い夕食が始まる。「鶏肉か、パスタか」と聞かれたので「鶏肉」を選択すると、和風の鶏丼が出てきてがっくりする。何が悲しくて、機内食のまずい米飯を食べなくてはならないのだろう。それならば激烈にまずかろうとも洋食を食べた方がネタ的には面白いのである。
腹も落ち着き、映画も始まり、しばらくは「Chicken Run」というウォレットとグルミットと同じ造型師の作ったクレイアニメを楽しむ。
12時を回った頃には機内の明かりも落ち、配られたアイマスクと持ち込んだ耳栓を装備して睡眠モードに入る。
ところが、しばらくすると後ろの方で2,3才の子供が大声で泣き始めた。
赤ん坊の泣き声と違って、このくらいの歳頃の子供の泣き声は、悪意がこもっている分だけ、その超音波の破壊力も大きい。おかげで耳栓越しにも聞こえてくる不快な泣き声に寝つけなくなってしまう。まあしかし体力のない子供の事だから、10分も泣いたら疲れて泣き止むだろうと我慢していたのだが、これがなかなか泣き止まない。1時間以上も泣き続けてやっと泣き止む。もちろんその間、その子供の親は一切何の対処もしていない。ああ、まったく馬鹿親め、飛行機に満足に乗れないような糞餓鬼を連れて来るな、と心の中で叫ぶ。
気分的にも落ち着いて、やっと眠れるなと眠りに入ったすぐ後、またも同じ歳頃の子供が泣き始める。これまた1時間以上泣き続けて、これまた親の対処無し。それが何度か続く。やっと全ての騒音が消えたのが午前3時半。すぐに機内灯が着き始め、着陸前の最後の飲み物の配布が始まってしまい、結局まともに睡眠も取れないままケアンズに到着することとなる。SさんMさんも同様で、あの糞家族の犠牲となった旅行客は50人は下らなかったのではないだろうか。こんな事なら本当に糞餓鬼の首を絞め殺して置けば良かったと後悔するも既に遅し。
○1月12日
現地時間の午前5時半に到着。まだ空は真っ暗で、建物の外に出ると、まるで日本の梅雨時であるような多湿と真夏の朝のような篭った暑さとが入り混じっていた。ケアンズ空港での両替所では、1AU$=73円ほどになっており、あこぎな商売をかます日本の大手都市銀行に殺意を覚える。
暑さと睡眠不足でフラフラなまま、空港でツアーコンダクターに拾われてホテルに移動する。本来ならここで早朝チェックインをして、エアコンの効いた部屋で仮眠を取って悪夢の機内泊の疲れを取りたいところであるが、早朝チェックインだと3000円余分に取られてしまうという理由で申し込みをしておらず、チェックインも出来ないまま午前中の半日観光ツアーへと引きずり出されてしまうことになる。
一時解散して次の集合時間の8時までに1時間ばかり時間が空いたので、朝食を取る為に外へと繰り出す。まだ日が出て間も無いと言うのに、すでに真夏の日差し。「紫外線照射量が日本の3倍」という話もうなづける。というか、こんなので日中に出歩いたら干からびて死んでしまうのではないのか。
とりあえずうだるような暑さの中、海岸沿いの通りを歩いて店を物色する。喫茶店にマクドナルドなどの並ぶ中、朝からステーキ定食を食わせてくれる店とかも並んでいるのは、さすがにオージービーフの国のなせる技である。あまり食欲も湧かないということで、簡単にケバブで済ませる事にして注文。ここで大きさを「レギュラー」にしたところ、縦30cm横12cm厚さ1cmほどの巨大ケバブが現れる。これが8AU$ほど。暑さと睡眠不足の最悪の体調で、これはほとんどテレ東の大食いチャンピオンである。苦しかったがもそもそと無理矢理押しこんでなんとか食い切る。Sさんは途中で残して捨てていた。今更ながら保険屋K原の「まずいものは幾ら食ってもまずいんだよ」という名言を思い出す。
いきなりのイングリッシュな朝食で止めを刺された体を引きずってホテルに帰り、時間までロビーのソファーで仮眠を取る。段々と強くなる日差しがロビーの中まで入りこみ、上を向いた顔をちりちりと焼き始める。上がる顔の表面温度とこみ上げる肉臭いおくびに、とんでもないところに来てしまったものだと後悔し始める。
8時。午前中のツアーを受け持つ担当が到着。植物園に原生林、展望台に免税店、そして水族館で鮫の餌付けを見るという内容らしい。原生林では蚊が多いからと虫除けスプレーを渡される。日焼け止めと虫除けで肌がべとべとになる。
ろくにエアコンも効いていないマイクロバスでツアーに出発。車内ではみな疲れて寝こんでいる。あー、もうどうでも良いからホテルに帰ってソファーで寝ていたいと思うものの、それすらもどうでも良くなってしまう。



左:原生林、中:こんな所まで創価学会の手が回っていた…、右:疲労困憊で居眠り
観光そのものは、其々のものはなかなかに良いものばかりではあったのだが、体力的にボロボロだったのであまり楽しむ事は出来なかった。1時過ぎにツアー終了。2時からチェックインなので、昼飯を食うために暑苦しいケアンズの町へと繰り出す。
土産物屋などを物色しながら回る。大きなスーパーマーケットがあったので入ってみると、なんとも美味そうなパンの香ばしい匂いと鶏のジューシーな香りに圧倒される。そしてそれらがみな安い。チーズ等の乳製品も日本の2分の1以下。ここで食材を買ってホテルの部屋で飯にしようかとも相談するが結局止めておく。
このスーパーで日焼け止めや水などを購入。それから近くの喫茶店ぽい店でハンバーガー定食のようなものを食う。イギリス式の目玉焼き入りのごっついハンバーガーで、ニンニクが効いておいしい事はおいしかった。ただ、店内には冷房くらい入れて欲しいと思うのは金満日本人の贅沢なのだろうか。
2時も回ったので、ホテルに帰ってチェックイン。荷物を置いたとたんに体調の悪化したMさんが沈没。「うきぃ~。もう駄目ぇ~」とベットで寝入ってしまう。自分も大分疲れはしていたが、しかし折角の貴重な時間を無駄にしたくなかったので、Sさんと二人してケアンズの町をまわる事にする。
ケアンズの町には二通りの店がある。一つは土産物屋等の観光客相手の店、そしてもう一つは地元民向けの店。観光客相手の店は土日も夜遅くまで営業しているが、地元民向けの店は遅くとも午後5時には閉まってしまうし土日も営業していないところが多いとの事で、折角の平日の自由時間なので、そういう地元民向けの店を中心に物色する。
そうしている内に、地元の生鮮食料品市場のようなものを発見。またその付近には元町ガード下のような汚い古物商のような店も並立していたので、そちらにも入ってみる。拾ってきたゴミをそのまま売っているような店だったけど、恐らくは海軍の5インチ砲の薬莢やアメリカ軍のナイフなどがあったものの、どれも高すぎて手が出なかった。大型のグルカナイフも5000円ほどであったが、日本でも手に入るのでこの時にはそれほど気にも留めなかった。
それから市場へ。ジャガイモや青物などの野菜から、パパイヤやパンの実、スイカなどの果物が所狭しと並んでいる。そしてそれらが異様なほど安い。かなりな大きさのパパイヤが10個入りの箱で800円ほどで売られている。喉も乾いたので一つ買って食べてみようかと考えたが、ナイフも何も持っていなかったので諦める。
それから更に西へと向い、町の端にあるケアンズ駅の駅ビルに行く。大きな駐車場を持ったショッピングセンターで、50近い店舗が入っていた。ここで70$で売られていた羊の毛皮を発見。土産物屋などで見たのよりも安そうだったので、車のシートカバー用に購入する。
そうこうしている内に4時もまわり、さすがにまずいでしょうということでホテルへと帰る。Mさんはまだ沈没したままであった。とりあえず、Sさんが翌日の環礁へのツアー申し込みをして、それからいまだに体調が悪いと言うMさんを引っ張り出して、港の埠頭まで釣りに行く。地元の情報誌だとかなり良いポイントらしかったのだが、1時間ほど粘って、やっとMさんが10cmほどのギザミもどきを一匹釣上げただけだった。どうやらケアンズの魚も絶滅に危機に瀕しているらしい。
日もすっかり暮れてしまったので7時過ぎに釣りを切り上げて、土産物屋を回りながら、飯屋を物色する。和食から韓国料理、中華料理に地元シーフード料理からステーキ屋と、色々な店を見て回ったが、結局「やっぱりオーストラリアと言えばステーキでしょう」と言うことで、海岸沿いにあるダチョウの頭が二つ描かれた看板の店へと入る。
ここでSさんと自分は20$ほどのステーキとビールを、体調の悪いMさんはスパゲティカルボナーラを、其々注文する事になったのだが、即金払いのビールを持ってきたまま、ウェイトレスが料理の注文を取りに来ない。おかしいなと呼び止めると、何でもこの店では料理は客が窓口で直に注文して金を払っておいて、呼ばれたらまた取りに行かなければならないらしい。面倒な店に入ってしまったことを後悔しながら、Mさんと注文に行く。が、ここで付け合せやら焼き方やらかけるソースの種類などが通じずに時間がかかり、後ろから現地人の冷たい視線を浴びてしまう。
ともかく、何とか無事に呼び出され、やっと食事にありつける。T-Boneステーキは、流石牛肉の国だけあって大きく、ボリュームのあるものだった。付け合せもサワークリームのかかった拳骨ほどのベイクトポテトにトウモロコシの輪切りに人参とブロッコリー(にょ)のソテー。パンなどの炭水化物を頼まなくても充分な量だった。Mさんのカルボナーラの方は、ノーマルとほうれん草半々のフェットチーニのパスタに、どう見ても生クリームだけのソースがのっさりとかかっていて、量だけはやたらと多い。
「カルボナーラってベーコンとか卵の黄身とか入っていなかったっけ?」と怪訝そうなMさんに、少しばかり貰って食べてみたが、味は底々だが単調で、あの量を平らげるにはかなりの気力が必要であると思われた。ともかく自分のステーキを平らげる。安く肉が多量に食えたので、とりあえず満足する。
それから付近のナイトマーケットと言う夜にしか開かない土産物市場のような所等を回って帰る。
ホテルに着くと10時を回っていたので、これから更に飲み屋とカジノを梯子するSさんを送り出した後、二人で寝る支度をして駄弁り、12時過ぎには消灯する。と、消灯間も無い時に、Sさんがあっさりと帰ってくる。碌なバーが見つからなかった上にカジノであっさりと掏ってしまったので、早々に退却してきたとのこと。ともかく揃って12時過ぎには就寝と言う事になった。
○1月13日
8時起床。夜中に飲んだ生水か、はたまた夕食のカルボナーラに当ったのか、Mさんが朝までに何度かの嘔吐を繰り返してすっかり干からびてしまった。そんな重症のMさんをホテルに残してSさんと二人で朝食を摂りに行く。今度は粋なカフェに行く。ディスプレイに並んだケーキのような調理パンとメニューとを見比べながら、Quicheというパンとチョコレートマフィン、そしてカフェラッテを注文。13$ほど。Quicheは、そのスペルを「キッシュ」と読めず、ディスプレイの品を直接指差して注文する。このキッシュと言うパンは初めてで、パイ型のビスケット生地にマッシュポテトと角切り人参を敷き、その上から溶き卵を流し込んでオーブンで焼いたもので、卵がまるで伊達巻の様にふっくらと仕上っていた。中身がぎっしり詰っていたので見かけ以上に腹にきて、生地の味がスカスカなチョコレートマフィンは全くの余分な注文になってしまった。またマフィンにはナイフが一本だけ添えられており、この一本のナイフでどうやってこのマフィンを食べるのかしばらく思案に暮れるが、どうやっても分からなかったので適当に切り刻んでナイフで刺して食べてしまう。
ホテルに帰ってすっかり寝入っているMさんを起して支度し、近くの船着場から乗船。本日のツアーはグリーン島沖のノーマンリーフ環礁にあるポンツーンでのシュノーケリングツアー。往復の船賃とシュノーケルのレンタル、昼食がセットで140$ほど。かなりの出費ではあるが、世界のグレートバリアリーフを堪能する為なので仕方が無い。
船は総アルミボディーの双胴船。水中翼は無いものの30ktほどのスピードで走る。恐らく豪州の造船所が作っているのだろうが、作りが荒く、あちらこちらの溶接部にひび割れが出来ていてちょっと怖くなる。船内ではシュノーケルのやり方や注意などがなされるほか、コーヒーやお菓子のサービスなどが受けられる。1時間ほどで中継地のグリーン島に到着。ここで降りる人と新たに乗船してくる人とを入れ替えて、また更に1時間。やっと目的のポンツーンへと到着する。
ポンツーン上でのテーブルを確保して、さっそくシュノーケル。つい最近大雨でも降ったのか、瀬戸内海並の5Mほどの視界しか無い。おまけに風と海流が強くてすぐに流されてしまう為に泳ぐのにえらく体力を奪われてしまう。ひと泳ぎしてビュッフェで皿に料理を盛り上げて昼食。いくら食い放題とはいえ、あまり美味しくないのと体調が悪いので、一通り食べて終わりにする。こっちに来てから体調最悪のMさんは小さな丸パン一つだけしか食べてなかった。
それからさらに泳ぐ。が、一通り遊泳区域を泳いでしまうとつまらなくなってしまい、乗船開始30分ほど前には切り上げて着替えてしまう。着替えた後からMさんやSさんに「海亀をみたにょぉ~」「鮫もいましたねぇ~」などという話を聞いて、どちらも見逃していた事に気付き悔しくなる。が流石に疲れてもう一度着替えて泳ぎなおす気にはなれなかった。
午後3時過ぎに出発。来た時と同じ時間をかけてケアンズ港へと戻る。結局泳げる時間よりも船で往復している時間の方が1時間も長かったりする。何とも難儀なツアーである。
5時に到着。取り敢えずホテルに帰り、翌日の方針を練る。
「前に来た時には透明度はもっと凄かった。」「あんなんじゃ満足できないにょぉ~」「じゃあ今度はフィッツロイ島経由のやつにかけてみますか」ということで、翌日もシュノーケルツアーに決定。
申し込みを済ませて部屋に帰ると、Mさんは今朝未明からの食中りで食欲が全く湧かないらしく、そのままホテルで寝る事になる。仕方がないので、Sさんと二人で遅い夕食を摂りに夜の町へと出かけて行く。
2軒ほど回ったがどちらもあまりぱっとしなかったので、3軒目に地元民に人気のステーキ屋「猪の息」へと行く。すると、人口の少ないケアンズで、店の前に行列が出来ている。おお、こりゃぁ良さそうだとこの店に入るべく行列に加わる。日本人観光客はほとんど居らず、大部分が地元オーストラリア人ばかりである。15分ほど待った後、二人掛けの席へと案内される。二人とも取り敢えずビールと店自慢のリブステーキのナチュラルソース。それからSさんがガーリックトーストと、自分がマッド(泥)ケーキというのを注文する。すると、「ガーリックトーストを先に、それからステーキ、そしてそれが終わってからケーキという順番でよろしいですね」と確認をされる。日本のファミレスでもここまで丁寧に客に料理の順番の確認をとるところは無い。益々この店への期待が高まる。
どう言うルールでプレイしているのか幾ら見てもさっぱり分からないクロケットの試合中継を眺めながら、ビールを飲みながらSさんと談笑する。さっきスイカみたいな乳をしたナイスバディの女がいたとか、近くのボックスにいる東洋人4人組は日本人かどうかなどと、取り止めの無い話題ばかりしていたような気がする。
しばらくするとガーリックトーストが出てくる。木のまな板の上に給食の減量パン(コッペパン)くらいの焼き立てのパンが二本載っており、同じく熱々のガーリックオリーブオイルのなみなみと入った器がついている。どうやらパンをこのガーリックオイルに浸してに食べるものらしい。パンは弾力とイーストの風味があって美味しく、空腹の胃にはニンニクの香りが堪らなく心地よかった。
ステーキは特殊な方法でじっくりと炭火で焼き上げる為に時間がかかりますということだったが、パンが出てから20分以上してやっと出てくる。肉の面積自体はそれほどでもないが、厚味が2cm近くもある。「おおっ、これよこれ」と早速ナイフで切り分けて口に入れてみるが、塩気が無い。どうやらナチュラルというのは調味料が全然かかっていないものらしい。そこでテーブルにあったコロナビールの空き瓶に入れられた塩と胡椒とを肉に振り掛けて、もう一度肉を口に入れる。
旨い。日本では悪名高いオージービーフの筈なのだが、筋らしい筋も無く肉は赤身で柔らかく、厚味のある肉を炭火でゆっくりと焼き上げているのでジューシーに仕上っている。和牛は別として、日本でこれほど美味しい輸入肉ステーキを出す店は無いのではないか。付け合せは、猪の尻尾を象ったカールのかかったフレンチフライと人参とブロッコリー(にょ)のソテー、それからトウモロコシの輪切り。昨日行った店もそうだったが、この店のトウモロコシも味のしないトウモロコシであった。どうやら日本のトウモロコシは別物らしい。二人で旨い旨いとあっという間にステーキを平らげる。そしてデザートのマッドケーキを待つのだが、これがなかなか出てこない。30分ほど待っても出てこないので店員にその旨を伝え、さらに待つこと20分ほどでやっとケーキが出てくる。
名前の「マッド(泥)」とは濃いチョコレートの事らしく、やたらとチョコ濃度の高いチョコレートケーキに、さらにチョコレートソースが載せられている。これに生クリームとアイスクリームが添えられている。小一時間のブランクで胃もパンパンに膨れ上がっていたが、残すにはもったいないので一気にかっ込む。するとケーキは出来たてのホカホカ。この熱いケーキと冷たい生クリームとアイスクリームの取り合わせ。狙っているのか急いで作ったので偶然にそうなったのか分からないが、しかし濃いチョコ味とあさっりクリーム味、熱いケーキと冷たいクリームの触感の対比が面白く、なかなかに面白いデザートだった。腹はパンパンだったが、美味しいものを残すのはもったいなかったので、無理をしてでも全部平らげる。
かなりの時間を待たされたけど、味、ボリューム、店員の態度、そろって行列ができるだけの店であった。
11時を回った頃、やっとホテルに帰着。起き上がったMさんに、先ほどのステーキの旨さを二人でさんざんにひけらかした後、Sさんはまたも夜の町へと出かけて行った。残った二人で風呂に入ってとっとと就寝する。
○1月14日
Mさんの体調も大分回復して、2日ぶりの三人揃っての朝食。時間もあまり無いのでホテル1Fに入っている店に入る。
ここら辺りの食堂で良く見るメニューに、「BreakFast」と言って、トーストに目玉焼き、ベーコン、ソーセージ、焼きトマトなどが皿に盛り合わされたものがある。英国風だか豪州風だか分からないが、折角ここに来たのだから一度は食べてみようと言う事だったが、このホテル附属の店ではこれが24$(約2000円)もしてしいた。バイキング形式の食い放題とは言え、朝っぱらから2000円も払うのは癪だと、3人揃って8.95$のパンの盛り合わせ(食パン8枚切り×2、ミニクロワッサン×1、デニッシュ×1、ブルーベリーマフィン×1、バター、蜂蜜、マーマレード付き)を注文する。こんなに高いのなら、面倒苦さがらずに外に出ていれば良かったと後悔しつつ、パンを噛みしめる。
部屋に帰って準備をして、集合時間である9:00の5分前にはロビーに降りて迎えの車を待つが、9:00を10分過ぎても来る気配が無い。船の出港時間が9:30だったので、さすがにこれ以上待つと危険だと言う事で、偶々仕事帰りのツアコンのお姉ちゃんに集合場所まで案内してもらう。「ここが集合場所の建物です」と指を刺したその横を、迎えのバスらしきものが追い越して建物の方に曲がって行くのが見える。こんな狭い町で15分も遅刻をするとは何ともいいかげんなところである。
何とか出港時刻には間に合い、席を確保して無料ドリンクサービスのコーヒーを頂く。そして出港。と、今日は昨日に比べて波が高い。
外洋に出ると、揺れが更に酷くなって、周りでどんどんと人が倒れて、あるところでは既に吐いている。Mさんも「こりゃ駄目だにょぉ~」とあっという間に沈没。到着までずっとソファーで横になっていた。船舶関連の仕事をしているのに船酔いというのも恥ずかしかったので、揺れと反対方向に頭を動かすなどの無駄な努力を繰り返す。それなりに効果があった(と思うのだ)が、端から見るとあまりにも馬鹿そうだったので、船内を散歩しがてら、外国製全アルミ製双胴船の溶接仕上やフランジやリブの取り具合などを調べてみる。「ふふふ、わしも仕事熱心よのぉ」などと一人悦に入って、これまた見苦しいことこの上なかったが、見ている過程であちらこちらに溶接不良部や割れがあるのを見つけて、外国人の仕事のいいかげんさを改めて知ると共に、昨日と同じくこの船に乗っているのが少し怖くなる。
と、うだうだやっている内に、フィッツロイ島に到着し、ここで1時間ほどの休憩。MさんとSさんは竿を持ち出して桟橋付近の浜辺で投げ釣り。腰まで使ってルアーを投げていたが、結局Mさんがルアーを1匹放流しただけに止まる。どうやらこの島では魚が絶滅してしまったらしく、少し沖の辺りをピチピチと海面から飛び跳ねていたのは、絶滅した魚の幻覚だったのかもしれない。
それから更に1時間かけて、モアリーフのポンツーンに到着。早速着替えて潜ってみるが、水質は昨日の場所と変わらなかった。一体何の為に一万円も出してここに来たのか分からなくなる。ただ、昨日の場所よりかは海洋生物が多少とも多く存在し、シャコ貝などの珍しいものを間近で見ることが出来た事がせめてもの救いである。
1時間ほど泳いでから食事。一つに皿に、ライス、フィットチーネ、鶏手羽先の中華風煮込、マカロニサラダ、サラダ、マッシュルームサラダ、とどかどかと所かまわず積んでいたら、まるで残飯を盛ったようになってしまう。せめて仕切り付き皿にして呉れたらと思うが仕方なし。
食後、しばらく休んでまた泳ぐ。何度か潜っていると、耳が痛くなる。潜る度に段々痛くなって行くので、30分前には早々に切り上げる。ポンツーンで耳にねじったティッシュを入れて水を抜いてみたりするが痛みは取れず、中耳炎にならなければ良いがと心配になる。
15:00に出港。復路は往路ほど揺れも酷くなかった。ツアー中に撮ったビデオやデジカメの画像が上映されているのを見ていると、自分の見ていなかった海亀が映っていた。今日もまた見逃してしまったようで、悔しさで腹が立つ。またSさんやMさんから、他にも鮫や烏賊の群れなども見たと聞かされて更に悔しくなる。どうも自分は太平洋に好かれていない様である。
17:00に港に到着。そのまま横の岸壁で釣り。自分は竿を持っていなかったが、Sさんからサビキの仕掛を貰ってそれを垂らしてみる。1時間ほど粘ったが、成果はMさんの揚げた5cmほどの小魚のみ。しかもその小魚をリリースした直後に水面で別の大きな魚にキャッチされてしまう。その内にスコールが来そうになったので中止。ほうほうの体でホテルへと逃げ帰る。
それから、2日ぶりに3人揃っての夕食。初日の半日観光でのツアーガイドに「ここでこの名刺を見せれば7時前に入れば3割引、それ以降でも2割引にしてもらえる」と紹介された「BlueOyster」という魚介類の店に行く。ここで各々自分用の品+3人で一皿ほどワニ、カンガルー、そしてエミューのグリル盛り合わせを注文する。ワニやカンガルーの料理は初めてだったが、一般に言われているようにワニは鶏肉、カンガルーは牛肉に近い味がした。またエミューの方は鯨肉が一番近いような感じがした。
自分用の皿は、ロブスターとムール貝のチリソースを注文する。するとロブスターの代りに団扇蝦が真っ二つにされたものとムール貝のソテーにチリソースがかかったものが出てくる。「ロブスター=団扇蝦??」と混乱しながら食べてみたが、チリソースが滅茶苦茶に辛く、貝を食べても蝦を食べてもチリソースの味しかしなかった。そもそもチリソースを頼んだのはこちらなので仕方が無いのだが、と言って素材の味がしなくなるまで辛くすると言うのも問題があるように思う。といって残すのももったいなかったので、ひぃひぃ言いながらも全部奇麗に平らげる。
昨日が肉だったので今日はシーフードということでこの店にしたのだが、「これだったら昨日行ったステーキ屋のステーキを食べた方が良かったですね」と思わず口に出してしまった所、オーストラリアに来てから体調を崩して碌な物を食べられ無かったMさんに「うきぃー、だったら昨日の店にしとけば良かったじゃん、わしもステーキを食いたかった、うきぃー!」と怒られてしまう。話題は選ばなければならない。
最後に食い残して空になった団扇蝦を元の形に修復して並べてみると、どう見てもロブスターというより蝦蛄である。後に皿を取りに来た店のおばさんがこれを見て、どう反応して良いのか困ったような顔をしていた。
最後の夜ということで、ナイトマーケット等で買い物をした後、一度ホテルで服装を正してカジノへと向う。とても入りやすいカジノで、2¢からスロットマシンが楽しめる。残金がほとんど無かったので、その2¢スロットでひたすらボタンを叩くが、30分ほどで16$ほど負けてあっさりと敗退。11時前にホテルに帰る。
Sさんは今夜も飲みに出かけて行くが、Mさんと駄弁っていると午前2時半頃には帰ってくる。何でも日曜の夜でろくな飲み屋が開いていなかったらしい。
○1月15日
またも体調が悪くなったMさんを残して、Sさんと朝食を摂りに行く。残金が少ないと言う事でマクドナルドに行く。ここに来た当初から気になっていた「Bearch Burger」というのを食べてみようと思っていたら、朝と言う事で朝のソーセージマフィンしか注文できなかった。しょうがないので、ソーセージマフィンセット(ソーセージマフィン、ハッシュドポテト、コーヒー)を注文するが、出てきたのは日本で見るのと全く同一のモノ。オセアニア一帯のマクドナルドは、同一供給源から資材を供給されているのかもしれない。
それからここのマクドナルド名物の30¢ソフトクリームも注文してみる。30¢=30円弱で普通のソフトクリームが食べられるのである。日本における65円ハンバーガーのごとき客寄せパンダの役目を果しているのだろう。
荷物を整理して、チェックアウト。空港に移動するまでに免税店に強制入店させられながら、10時すぎには空港に到着。空港内の免税店で、名物のカンガルー肉やワニ肉、カラスミなどを物色しながら時間を過ごす。飛行機は15分ほど遅れて、12:55に離陸。
水平飛行に移って間髪を入れず昼食。和風のビーフカレーと洋風の鶏肉のソテーとが選択可能だったが迷わず鶏肉ソテーを選択。どうせまずいのなら、よりまずいものを食ったほうが面白味があると言うものであり、マッシュポテトと鶏肉のソテーは期待通りの味であった。
本を読んだり転寝をしている内に日も暮れてくる。そうして着陸が近くなってくると、慌しく軽い夕食が出てくる。ニンニクの効いた中華風焼きソバのような代物が出てくるがあまりパッとしないので、付いてきたチリソースをかけてみるが、やっぱりまずい。
飯を食いながら撮り貯めの日本の朝のニュースを見ていると、大きな寒波が来ているらしく、鹿児島でも氷点下と降雪を記録している。他も日本のほとんどに雪が降っており、雪で飛行機が飛ばなかったら笑えないなと思って見てみると、東京と大阪だけは降雪を間逃れていた。行いの正しき者は必ず報われるものである。神に謝々。
オーバーランすることもなく無事に着陸。荷物を受け取り入国審査を終え、空港の入り口のロビーでリムジンバスで帰るMさんと分かれて、Sさんの家に泊めてもらうべく二人で京成線のホームへと向う。船橋で下車し、JRで西船橋まで移動する。
すると、日頃の疲れと旅の疲れの所為か、Sさんが偏頭痛で苦しみ出す。あまりに痛がっているので、このまま救急車で運ばれるようなことになったら洒落にならないなと心配したが、救急車を呼ぶ事もなく無事にSさんのアパートまで到着する。
飯を食いに出たり、デジキャラットの2,3を見たりしながらだらだらして、12時前には床に就く。
○1月16日
「遠足は家に帰るまでが遠足です」、という言葉もある通り、家に帰るまでが旅行である。
午前4時半に起き出して、寝ぼけたSさんにお暇を頂いて、西船橋駅前のバス乗り場からリムジンバスに乗って羽田へと向う。6時には空港に到着し、それから搭乗までの1時間近くを本を読むなどして過ごす。と、マイレージ登録用の機械の電源を立ち上げているのを目の当たりにしたのだが、立上げ画面に「Pentium100」とか「32MB Memory」、「Fujitsu」といった文字や、Windows95のロゴが出てきたのは、恐らく寝ぼけた頭の作り出した幻想だったに違いない。
7:05に時間通りに離陸。8時前には伊丹空港に到着。さくさくっと三宮駅行きのリムジンに乗り換えて、三宮からJR。9時半には無事に会社に到着する事が出来た。ということはつまり、交通費さえ出れば東京から神戸まで通勤できるということである。出して呉れないかな、交通費。
溜まった仕事をだらだらこなして、7時過ぎには退社。飯を食ってネットをチェックして、早々に就寝。
○総括
飯は英国植民地だから猛烈にまずいかと思ったけど、想像したよりも良かったような気がする。牛肉は、良い店を選べば、日本で食べる輸入肉などよりもよっぽど美味しいものが食べられた。
酒はビールしか飲まなかったが、日本で飲むのとさほど変わらなかった。どちらかと言うと「お冷」が全く出てこないので仕方なく注文させられていたので、性質が悪いといえば性質が悪い。
ワニ肉、カンガルー肉、エミュー肉などにも挑戦してみたが、至って普通の肉が出てきた。メニューの日本語訳には「ゲテモノ」と書かれていたが、このレベルをゲテモノと言うのはどうかと思う。アボリジニー料理を探して挑戦しても良かったが、アボリジニーのお土産物屋はあっても飲食店は見つからなかった。需要が余りにも無い為なのだろうか。
土産物で面白かったのは、羊の毛皮、殻付きマカダミアナッツ、本物のブーメラン。
毛皮は一匹分で100$前後。夏毛と冬毛の2種類があり、夏毛の方が手触りが良く値段もその分高くなっている。停まっている自動車に、この毛皮で作ったシートカバーをつけているものを見つけて猛烈に欲しくなったが、自動車用品店が見つからず諦める。
(後日談:ところが、日本に帰ってしばらくして近所のコーナン(ホームセンター)に行ったところ、同様な羊の毛皮が一枚5000円ほどで売られていた。値段はあまり変わらなかったが、あれほど嵩張るものを苦労して運んできた事を考えると情けなくなってしまった。おまけにほとんど使わずに部屋の肥やしになっているし。)
殻付きマカダミアナッツは、1kg(30個ほど)で5$。殻割り器付きだともう少し高くなる。ただこの殻はかなり硬い為にちょっとやそっとでは割れず、結局万力で挟んで割る事になった。高めでも殻割器付きは買ったほうが良いだろう。ただ苦労する甲斐あって中身は普通の瓶入りのものよりも香ばしくて美味しい。毎回毎回マカダミアナッツ入りチョコレートでは飽きているだろうし、本当のナッツの味を知ってもらうのも面白いかと気を利かして職場のお土産にしたが、それぞれで割るのがえらく大変だったようで、反対に顰蹙を買ってしまう。


左:殻付マカダミアナッツ、右:割った後。右下の黄色っぽいのが食べる部分
本物のブーメランは、枝の付け根などの自然の曲がり部を上手く利用して作られているために、木の繊維はそれぞれの刃の部分に平行になっている。しかし安物のお土産ブーメランは板をくの字に切り抜いて作られているために、繊維が外形とは関係無い方向に走っている。ただ、値段の方も高く、土産物の偽物ブーメランだと10~20$くらいで買えてしまうのに、本物風の物は100$もしていた。しかし作りが全然違うので買っても損は無いのではないだろうか。
英国の交通事情は日本と同じ左走行右ハンドルであり、その為にケアンズの町ではやたらと日本車を見ることができた。そして恐ろしいことに、2,30年前から最新の機種まで、さらに各種メーカー取り揃えて満遍無い種類の車が存在していた。30年前のカローラやセリカ、レガシーが出る前のスバルの4WDのバン、初代シビック、そうかと思えばアルテッツァも走っている。まさに動く日本車の博物館と言ったところであろうか。他にも外車も色々と走っている。どうもケアンズの住民は他人と同じ車に乗るのが嫌なのか、同じ車種と言うものを余り見かけなかった。
丁度、この頃は雨期。だからこそ安く行けたのだろうが、雨が降って海水が濁るわ、やたら湿気ていてじめじめするわ、暑いわ、それに日本の3倍と言われる紫外線照射量ですぐに日に焼けてしまうわ、活動するには条件が余りにも悪かった。ツアコンの姉ちゃんに聞いたとことによると、9,10月辺りがもっともダイビングに良い時期だそうである。高くてもこの時期に行った方が良かったかもしれない。
煙草が日本の4倍する。内ほとんどが税金である。また路上への投げ捨ては一万円の罰金。…なんてすばらしい所なのだろうかと感動してしまう。4日いたが、観光客はともかく住民で吸っている人はほとんど居なかった。日本も早く見習って欲しいものである。
○後日談
行く前と比べて、3キロも太っていました。散々食い散らかしたからねぇ。