田ノ首
2011.11.12 探索
米軍の航空写真(左:R515-2-1、国土地理院)
筋山砲台の北西側のピークにも照空陣地があった。照空陣地への軍道は、明治期砲台の施設から伸びている。一部分は畑にされていたようだが、他は比較的良く残っている。ここの照空灯の格納場が掘り込みになっているが、このタイプのものは珍しい。
また米軍の高射砲地図では田ノ首砲台にも聴音機のマークが描かれているのだが、実際にあったかどうかは不明。
日付 |
高射戦記、砲兵沿革史、復員省資料等による記事 |
昭和17年4月 |
防空第22連隊 照空第6中隊(延命寺) 照空分隊 |
昭和19年11月 |
高射砲第132連隊 照空第17中隊 照空分隊 |
昭和20年8月 |
高射砲第132連隊 照空第17中隊 照空分隊 |
左:ピークAを東下から、右:同左
左:照空灯円形窪地Aの南縁、右:北縁
左:Aの内部、右:同左別アングル
左:Aの西側にある出入口を北から、右:同左からC、Dのある斜面(西方向)を
左:Aの西縁、右:南縁
左:Aの南から西縁を、右:東縁を
左:Aの内部から土塁を、右:Aの南西にある出入口を外から
左:照空灯格納場Bを北上から、右:西側の斜面にある連絡路Cとケーブル溝D
左:格納場Bを北東上から、右:南東上から
左:格納場Bを南から、奥がA、右:格納場Bの内部
左:格納場Bの内部から西を、右:更に西を
左:連絡路Cをケーブル溝Dを西から、右:格納場Bを西から
左:連絡路Cを東から、右:同左西端の窪地
左:聴音機壕Eを北東上から、右:聴音機壕Eの北縁
左:聴音機壕Eの底部、右:Eの底部から南を
左:聴音機壕Eを南から、右:同左続き
左:円形窪地Fの東側、右:同左西側
左:Fから聴音機壕Eを、右:Fを南から
左:掘り込みGを北から、右:同左近くにあるコンクリート残骸
左:平坦地H、右:軍道
左:軍道脇にある崩落地下壕?、右:軍道
照空灯窪地Aは内径約10mで、南西側に出入口が設けられている。Aの南西下には照空灯の格納場Bがある。通常はB内に照空灯を格納し、使用時に斜面を押し上げてAへと運んでいたようである。Aからは連絡路らしき溝Cとケーブル溝Dが西に向かって延びている。Cの西端には窪地がある。
聴音機壕Eは内径約13mのすり鉢状になっており、南側に出入口のような溝が掘られている。Eの南には2つの円形窪地が東西に並んでいる。分隊長位置だろうか。Fの南には内面をモルタルかコンクリートで覆った掘り込みGがある。Gの近くにはコンクリートの残骸がある。
Eの南東下には平坦地Hがある。戦後は畑だったようで、バケツなどが放置されている。Hの南東下辺りから軍道が南東下へと伸びている。軍道の途中に2,3ヶ所、崩落した地下壕のようなものがある。