呉警備隊の特設見張所




2012.6.30 修正


高崎山 特設見張所



右:米軍の航空写真(M872-6、国土地理院)



上右写真のアップ


隠岐の島の島前にある高崎山に特設見張所があった。
島後に電波探信所が建設されると廃止された。

また明治時代にも海軍の望楼が置かれていたらしい。




日付 呉海軍警備隊戦時日誌及び引渡目録による記事
官房機密第4464号(12.11.10)
昭和16年11月 特設見張所(下士官0、兵0)
准仕官以上1、下士官兵10、無線電信
昭和16年12月 特設見張所
昭和17年1月 特設見張所
昭和17年3月 特設見張所 既設
昭和17年8月 特設見張所(丙)
8cm望遠鏡1、7倍稜鏡2、TM短移動無線電信機1
訓令官房機密第4464号ノ2(12.11.10)
昭和17年9月 特設見張所(照聴所を除く)、丙
昭和17年10月 機密呉警備隊命令第33号(17.10.9)配備を撤し島後特設見張所に移すべし
昭和20年8月31日 引渡:
敷地:1719m2、建物:92m2





蓋井島 特設見張所


右:米軍の航空写真(M741-A-48、国土地理院)



1975年頃の航空写真に写る防備衛所の建屋(CCG7412-C26-3、国土地理院)


蓋井島には、海軍だけでも白瀬(島の西にある230m三角点の南西下)と賢女鼻(島の東の岬)とに防備衛所が、また陸軍も北西の山岳地帯に下関重砲兵連隊の第3中隊と南東の乞月山に第1中隊が配置され、また鐘ヶ崎の金毘羅山と角ヶ崎に探照灯が置かれていた。恐らくそれ以外のどこかに特設見張所があったと思われるが、正確な場所は不明である。白瀬防備衛所の北東上の230m三角点の辺りかもしれない。



日付 呉海軍警備隊戦時日誌及び引渡目録による記事
昭和16年11月 特設見張所(下士官0、兵0)
下士官兵10
昭和16年12月 特設見張所
昭和17年1月 特設見張所
昭和17年3月 特設見張所 既設
昭和17年4月 TM式無線電信機1、92式特受信機1
配員 下士2、兵5(臨1)
昭和17年8月 特設見張所(丙)
8cm高角双眼望遠鏡1、7倍双眼望遠鏡2
TM短移動無線電信機1、92式特受信機改二1
訓令官房機密第4847号(12.11.25)
防備衛所(乙)訓令官房機密第5676号(13.10.18)
配備撤去、機密呉鎮守府命令第231号(17.9.5)
昭和17年9月 機密呉警備隊命令第26号、配備を撤去。営造物は下関防備隊が保管
削除(機密呉鎮95号を改正)
昭和20年8月31日 引渡:
敷地:2380m2、建物:224m2





美保ヶ関 特設見張所




右:米軍の航空写真(R517-3-2、国土地理院)


美保関の北東にそびえる馬着山に特設見張所が置かれていたらしい。ネットで公開されている幾つかの山頂付近の写真を見ると、建物基礎と水槽らしいものが写っている。
またこの馬着山から北北東にある腕山には、明治時代の望楼があったらしい。


日付 呉海軍警備隊戦時日誌及び引渡目録による記事
昭和17年2月 2/20 配員完了
昭和17年3月 特設見張所 既設
昭和17年8月 特設見張所(丙)
12cm望遠鏡1、7倍稜鏡2
訓令官房機密第2464号(17.2.26)
昭和17年9月 特設見張所(照聴所を除く)、乙、丙は工事中
昭和18年1月 付属見張所(乙)(丙工事中)
昭和18年6月 呉警備隊機密第19号ノ3、営造物移築の件上申(18.6.1)
昭和19年6-9月 既設見張所
昭和19年10月 見張所 既設
昭和19年11月 見張所 既設
昭和20年8月31日 引渡:
建築物 兵舎1、其ノ他付属施設1
敷地:2640m2、建物:120m2





鎮守府屋上 対空見張所


日付 呉海軍警備隊戦時日誌及び引渡目録による記事
昭和16年11月 防空指揮所
昭和19年8-9月 対空見張所 既設
昭和19年10-12月 対空見張所 完備
昭和19年11月 電波探信儀3式1号3型2基 未着工(官房艦機密第6933号)(呉警)
昭和20年1-2月 対空見張所
昭和20年8月31日 引渡:
建築物 防空指揮所1





端島 特設見張所


日付 呉海軍警備隊戦時日誌及び引渡目録による記事
昭和17年2月 特設見張所 調査中
昭和17年3月 特設見張所 将来要望





内海跡村 特設見張所




右:米軍の航空写真(R512-1-17、国土地理院)



右:米軍の航空写真(R512-1-12、国土地理院)


内海跡村は、現在の安浦町安登付近である。
航空写真を見ると、安浦町水尻の南西の標高263mの山頂付近と、安浦町安登西の南西、標高160mの山頂から南に下る尾根筋上とに施設らしいものが写っている。
記録では工事中止となっていたようだが、もしかすると窪地の造成くらいは終わっていた可能性もある。



日付 呉海軍警備隊戦時日誌及び引渡目録による記事
昭和17年2月 聴音照射所 調査中
昭和17年3月 特設見張所 将来要望
将来砲台建設要望
昭和17年8月 特設見張所(丁)工事中止
予定内報施本機密第13033号(17.2.4)
工事中止施本機密第2543号(17.8.5)
訓令資料提出呉鎮機密第60号ノ1228
昭和17年9月 機密呉鎮守府作戦命令第97号、陸上防備部隊の項特設見張所から削る





岩国空北方高地(麻里府) 特設見張所

2015.1.4 探索


右:米軍の航空写真(R507-3-153、国土地理院)


航空写真を見ると、岩国駅の北約1.5kmの山の中に、施設らしいものが幾つか写っている。
標高120mの山頂付近には明確な円形窪地があり、その南西にかけての尾根筋に施設らしいものがある。また山頂から南へと下る尾根上にも2ヵ所施設らしいものがある。
この付近は、終戦間近に岩国基地を防御するための防空砲台に付属する探照灯台が置かれており(探照灯2基)、そちらの施設かもしれない。ただ、その際に工事中止となったものを、そのまま利用した可能性もある。

2015.2.10 追記
…などと書いていたが、年初に探索してみたところ、上記の円形窪地の場所には、それらしきものは見つからなかった。また途中も、所々に人為的な加工痕はあったものの、施設跡というには難しいものしかなかった。
また山頂付近で何かの威嚇するような鳴き声が聞こえてきたため、さすがに怖くなって撤退してしまい、山頂から西の尾根上の遺構の有無は確認できなかった。

また戦争末期の岩国基地防衛用の探照灯陣地は、もう少し南西の位置のようだ。




日付 呉海軍警備隊戦時日誌及び引渡目録による記事
昭和17年2月 聴音照射所 調査中(麻里府)
昭和17年3月 特設見張所 将来要望、岩国
昭和17年8月 特設見張所(丁)工事中止
予定内報施本機密第13033号(17.2.4)
工事中止施本機密第2543号(17.8.5)
訓令資料提出呉鎮機密第60号ノ1228(17.7.21)
昭和17年9月 機密呉鎮守府作戦命令第97号、陸上防備部隊の項特設見張所から削る





八島 特設見張所

日付 呉海軍警備隊戦時日誌及び引渡目録による記事
昭和16年12月 特設防空見張所 未設置
昭和17年3月 特設見張所 将来要望





弓削島 特設見張所


日付 呉海軍警備隊戦時日誌及び引渡目録による記事
昭和17年3月 特設見張所 将来要望





今治 特設見張所


日付 呉海軍警備隊戦時日誌及び引渡目録による記事
昭和17年3月 特設見張所 将来要望





細島 特設見張所


日付 呉海軍警備隊戦時日誌及び引渡目録による記事
昭和17年3月 特設見張所 将来要望





生口島 特設見張所


日付 呉海軍警備隊戦時日誌及び引渡目録による記事
昭和16年12月 特設防空見張所 未設置





高浜 特設見張所


日付 呉海軍警備隊戦時日誌及び引渡目録による記事
昭和16年12月 特設防空見張所 未設置





青島 特設見張所


日付 呉海軍警備隊戦時日誌及び引渡目録による記事
昭和16年12月 特設防空見張所 未設置





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