中島 聴音探照所(特設見張所)

2008.3.29 探索
2009.3.1 再探索






米軍の航空写真(左:M120-65、右:M822-1-6、国土地理院))



米軍の航空写真(M120-65、国土地理院)



A:主要部、B:兵舎、C:貯水池、D:発電所



愛媛県の中島に聴音探照所が造られており、泰ノ山の南西にある242mピーク周辺に遺構が残っている。近くに電波塔が3ヶ所あり、道がしっかりしているのでアクセスは比較的容易な方である。
中島には松山からフェリーが出ている。中島までなら本数もあるのだが、津和地島と絡めようとすると高速艇を使わなければ難しい。



主要部:





左:探照灯用構造物Aを北西下から、右:Aの東面



左:Aを北下から、右:Aの上部



左:Aの内部底面、右:Aの内部壁面



左:Aの南側の開口部の壁端、右:Aの北東のコンクリート片



左:Aの東側の尾根E、右:同左から東側を望む






左:指揮所Bの西側の塔、右:Bの南面



左:指揮所Bの西壁、右:西側の塔の内部



左:指揮所Bの北西下の水槽、右:同左



左:指揮所Bの南側の基礎群Cその1、右:基礎群Cその2



左:基礎群Cその3、右:指揮所Bの南東隅のレンガ



左:聴音機の円形窪地Dの南側、右:同左東側



左:D中央部の聴音機基礎、右:同左アップ



左:聴音機の円形窪地Dを東側から、右:円形窪地Dを東下から



左:円形窪地Dの北側、右:Dから東側の指揮所方向を望む



左:E付近から兵舎のある尾根を望む、右:南東方向、奥の山は白木山




尾根の西側に探照灯を配置していたと思われるレンガ構造物Aがある(地元のおっちゃんの話)。内部の一辺は約4mの立方体で、天井はない。内部底面を掘ってみたが、石がごろごろしているだけでアンカーボルト等を確認できなかった。南北に出入口があるが、南側の壁端は加工がしっかりしていて元々開口部があったと思われるが、北側の壁端は粗く、後に崩されて出来た開口部の可能性もある。ここにどのように探照灯が配置されていたのかは不明である。
Aの東側E付近は尾根が続く。探照灯の管制器がこの辺にあったと思われるのだが、遺構らしきものは見つけられなかった。

ピークの西下の平坦地には指揮所と思われる構造物跡Bがある。まともに残っているのは北西部だけであり、他は崩れてツタに埋もれている。指揮所Bの北西下にはレンガ製の水槽がある。ここもつたに覆われていて全体の形状は確認できないがトイレかもしれない。指揮所Bの南側にはコンクリートの基礎群Cがあるものの、見張所の遺構かどうかは不明である。
ピークは半径10m程の浅い擂り鉢構造になっており、中央部にコンクリート基礎Dがある。8本のアンカーボルトがあり、対角長さは70cmで、基礎の形状と擂り鉢構造から恐らくは聴音機の基礎かと思われる。




兵舎:





左:水槽A、右:水槽Aを東側から



左:水槽Aの西側の何らかの建物の残骸、右:水槽Bの内部



左:水槽Bのを東側から、右:平坦地Cを南から



左:平坦地Dを北側から、右:平坦地Dの西側



左:平坦地D、Cを南から、右:平坦地Dから電波塔Fを望む



左:南下の貯水池の堰、右:港からピーク付近を望む




242mピークの南東側に伸びる尾根の先に、兵舎があったと思われる場所がある。三槽式の水槽と、藪に埋もれた水槽が斜面の上側にあり、南側には平坦地が二段に並んでいる。恐らくこれらの水槽は兵舎の生活用水のものと思われる。三槽式水槽の北西側には何かの建物跡らしきコンクリートの遺構が残っている。
平坦地は東西が15m〜20mで、恐らく兵舎がここにあったと思われるものの建物の基礎等は残っていない。






A:主要部、B:兵舎、C:貯水池、D:発電所



貯水池と発電所:


左:貯水池を北側から、右:貯水池の北側の排水溝跡



左:貯水池を南側から、右:同左



左:現在のポンプ所、右:同左



左:左奥の平坦面に建屋、道路に水槽、右:水槽の壁面の残骸



左:北側から発電所付近を望む、右:水槽跡



左:水槽の北西端、右:発電所跡を西下から


上記地図のCに貯水池、Dに発電所があった。(運良く当時の事をご存知の方に話を伺うことが出来たので位置がハッキリとわかったものの、そうでなければこんな所が判るはずが無い。)

貯水池は現在も使用されているが、脇に建つポンプ所は当時のものではないと思われる。津和地島の(推定)貯水池脇にはレンガで造られた建屋の跡が残っていたので、ここ中島も同じかと思われるものの、付近にそれらしいものは見つけられなかった。


発電所は大分下った場所にある。現在は道路工事の為に殆ど何も残っておらず、道路脇にある水槽の壁面の残骸によってどうにか確認できるのみである。この水槽の北側に防空壕が、南側に発電所があったそうだが、こうなってしまってはもう判らない。




日付 呉海軍警備隊戦時日誌及び引渡目録による記事
昭和17年2月 聴音照射所 調査中
昭和17年3月 特設見張所 将来要望
昭和17年8月 特設見張所(丁)工事施工内報済
仮称ヱ式空中聴測装置1、150cm探照灯(管)1
12cm望遠鏡3、7倍稜鏡4
電源装置1、通信装置1
予定内報施本機密第13033号(17.2.4)
電気及工学兵器装備の訓令官房機密第8038号(17.6.27)
訓令資料提出呉鎮機密第60号ノ1228(17.7.21)
工事施工内報
昭和17年9月 特設見張所(照聴所)、丁乙、工事中
昭和17年11月 照聴所工事中
昭和17年12月 照聴所工事中
昭和18年1月 照聴所工事中
照聴所(丁)(第1砲台群)工事中
昭和18年2月 照聴所工事中
昭和18年3月 照聴所工事中
昭和18年4月 照聴所工事中
昭和18年5月 照聴所工事中
昭和18年6月 照聴所工事中
昭和18年7月 官房艦機密3560号(18.7.15)、電気及工学兵器装備工事完成期変更の件通知接受す
昭和18年8月 施本機密第2970号(18.8.4)、鹿島その他特設見張所(丁)施設工事要領変更内報の件接受
変更完成期(18.8.31)
昭和18年9月 施本機密工第1567号(18.8.14)、鹿島その他特設見張所(丁)施設工事要領変更通牒<
昭和18年10月 照聴所工事中
昭和18年11月 照聴所工事中
昭和19年3月 官房機密第12090号の訓令により照聴所工事中
昭和19年6月 既設照聴所
昭和19年7月 既設照聴所
昭和19年8月 既設照聴所
昭和19年9月 既設照聴所
昭和19年10月 既設照聴所、150cm探照灯1、空中聴測装置1
昭和19年11月 150cm探照灯1、空中聴測装置1 完備
昭和19年12月 150cm探照灯1、空中聴測装置1 完備
昭和20年1月 150cm探照灯1、空中聴測装置1 完備
昭和20年2月 150cm探照灯1、空中聴測装置1 完備
昭和20年8月31日 引渡:
96式150cm探照灯及び同管制器、付属品補用品共、電動直流発電機 1基
仮称ヱ式空中聴測装置、付属品補用品共 1基
ディーゼル交流発電機陸上用40KVA220V三相60KVA配付 2基
建築物 兵舎1、其ノ他付属施設3

用地:14013m2、建物:419m2


探照灯1、聴音機1、対空砲座2を破壊(米24師団G-2レポート、1946年2月11日、WOR32622、国会図書館)







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