食い倒れ帳

うんこ味の干物…くさや


「本当にうんこの味がするぞ」
くさやの経験者にそう聞かされた時には、思わず戦慄が走った。
よく究極の選択とかで「うんこ味のカレーとカレー味のうんこ、どっちが良い?」という馬鹿な質問をされた事があったが、うんこそのものは別として、うんこの味のする食品がこの世に実在したのである。

その頃、東京に5年も住んでいるにもかかわらず、東京タワーもディズニーランドも一度も行った事も無かったので、ここを離れる前に、せめて食い物だけでも、東京のものを味わっておきたいと常日頃考えていた。そして東京独特の食い物と言うと、やはり「くさや」は外せない。
まさにそのくさやが「うんこ味」だというのである。戦慄せざるをえないだろう。

しかし、その「うんこ味」を美味いという人間も存在するのも確かなのである。近所の散髪屋の親父はこう言っていた。
「他の家族には嫌がられるけど、あれを七輪で炙って食ったら、もう美味いんだ、これが。」
どう見ても普通の親父で、別に触覚が有るとか耳が尖っているとか「地球寄ってく?」「いいねぇ」とかいう会話を交わしているとか、そうしたところは全く無い。DNAが同じ生物がそう言っているのだから、食えない事は無いかもしれない。そこでついでに初心者向けのくさやの食い方も聞いておいた。

「七輪で炙ると一番美味いんだけど、臭いがキツイからねぇ。もう家中くさやの臭いで充満してもう。アパートとかで食うんだったら、瓶詰めで売っているやつなんか、臭いがしなくて良いよ。」
ほぉ、ご丁寧に瓶詰も有るのか。それでは早速試してみようと、その週の土曜日に、新宿の小田急百貨店の地下で瓶詰めと酒を買って、部室兼知り合いの家へと向った。
散髪屋の親父から聞いたくさやの講釈を周りの人に一通り垂れてから、おもむろに買ってきた瓶の蓋を開けた。

ぷーんときた臭いは、本当にうんこだった。

しかしここで負けじと、「この臭いがいいんだ、この臭いが」などと通ぶりながら、臭わないように息を止めて口に入れてみた。

味もうんこだった。

あの経験者の証言は、やはり正しかったのだ。
そして真実が分かってしまったからには、もうそれ以上口に入れようという考えは思い浮かばなかった。そのまま静かに瓶の蓋を閉めると台所のテーブルの上に置いて、口直しに他のつまみで酒を飲み、騒いで寝た。

翌朝、忘れたふりをして、瓶ごと置いて帰った。



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