食い倒れ帳

夏限定!牡蛎フライ定食


牡蛎の季節と言うと冬である。定食屋にメニューに手書きの文字で「牡蛎フライ定食始めました」と書かれているのを見ると、冬の始まりを感じる。晩秋の銀杏の落ち葉のようなものだ。

広島で育ったから、冬には牡蛎フライを良く食べた。うちの家は牡蛎はフライ専門で、鍋も生も殻焼きもやらなかった。鍋は野暮ったくなるし、生は良い物を選ばないとすぐに生臭くなるし当るのも怖いし、殻付きは買ってくるのが面倒くさい。だから牡蛎料理というとそれすなわち牡蛎フライだった。そして、よくある子供の時の美化された記憶かもしれないが、とても美味しかった。
熱々に揚がった牡蛎フライに、レモン汁かポン酢か、もしくはマヨネーズを付けて食べる。タルタルソースがあればもっと良いのかもしれないが、貧乏だったのでマヨネーズだった。あっさりとしていて飽きが来ないから、大皿に山盛りの牡蛎が、あっという間に無くなってしまう。だから作る時は大量に作っていた。そして、翌朝の冷たい牡蛎フライも美味しかった。衣がしっとりとして味も落ち着き、なおかつ冷たいから一気に口に掻き込めた。いつも兄と二人で取り合っていた。

また、広島で食べた牡蛎は小粒なものが多かった。東京ではやたらと大粒なものを出していたが、大きいのは生臭くて大味で、牡蛎を食べているような気にはなれなかった。しかしそれでも冬に2,3度は食べないと落ち着かなかった。


大学の研究室にHと言う、越後は村上の出身のやつがいた。ある時に、牡蛎の話になった時、「牡蛎と言えば夏だろ、おい」と不思議な事を言っていた。おい、逆だろと突っ込んだ。日本においてはもちろん、西洋でも「牡蛎の季節はRの付く月(9月〜4月)だけ」とあるくらいだから、牡蛎の季節が冬というのが、世界共通の常識だとばかり思っていたからだ。
ところがよくよく聞いてみると、Hの言う牡蛎というのは天然の岩牡蛎の事らしい。へぇ、天然物はそう言うものなのかと半分納得したものの、しかし天然にしろ養殖にしろ、季節に違いが有るものかという疑問も残った。が、それ以上考えたところで、そう言うことを言うやつが居るのであるから、どうすることも出来ない。その時はそれ以上考えるのを止めておいた。


今年の6月、まだ梅雨前時。佐渡島北東にある粟島に行った折、村上の岩船鮮魚センターというところに寄った。そこで色々な新鮮な魚介類にまじって、見事な殻付き岩牡蛎が売られているのを見つけた。以前にHの言っていた事は本当だったのである。へぇと感心しながら、試しに一つ買って食べてみた。新鮮な殻付き牡蛎を生で割って食べるのは初めてだったが、味はあまり生臭くも無く美味しかった。
その翌日、帰りにもまたそこに寄った。今度は昼飯を食おうと、一緒に来ていた野郎2人と鮮魚センターの2階にあるレストランに行った。すると入り口の縦看板に「夏限定!牡蛎フライ定食」と書かれていたのである。これを見て、一緒にいた3人共大笑いした。ここ村上では、牡蛎フライは「夏限定」なのである。
まるで地球の裏側にでも来て居るかのような不思議な気分になった。
その「夏限定」の牡蛎フライ定食を頼んでみたが、大粒な牡蛎にも関わらず美味しかった。日本にはTシャツ姿で美味しい牡蛎フライを食べられるところも有るのである。狭いようで広いものだと感心しながらも、鰯の小骨の様に引っかかった違和感は、越後平野を走っている間中、消えることが無かった。




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