春の日向遠征  民宿に泊まろう! その3

令和8年 2月21日~23日



都於郡城の菜の花




2026年2月23日(月)

 遠征3日目。



 今朝は塩サバに生卵、海苔、納豆、沢庵、そしてみそ汁という、至って普通の日本の朝食。そして美味しい。
 生卵でご飯を食べたのも、かなり久しぶりだった。


 8時に出発する。宿の亭主にお見送りをされるのだけど、Iさんの娘さんが散歩から戻っておらず、出発がいつになるかわからなくなったので、家に入ってもらった。




3日目の行程(国土地理院の基本地図を利用)





穂北城


左:南西端の郭を北下から、右:石垣?


左:南西端の郭の北の堀、右:南西端の郭


左:南東端と南西端の郭間の二重堀の西側、右:二重堀の間の土塁


左:土塁の丸礫岩、右:南東端北側の堀


左:南東端の郭の東縁の土塁、右:中央の郭の北縁の土塁


左:中央の郭の北西角と北側の堀、右:中央の郭を北下から



 電波塔の近くに駐車場があるものの、入口が狭くて小型車でないと入りにくいので、大型車もしくは運転に自信が無い場合には、少し歩くものの広い道路脇に停めた方が良い。
 シラスではなく礫岩層ではあるものの、上下のメリハリが効いている。また珍しいことに、南西端の郭と南東端の郭の間が二重堀になっている。





三納城


左:南面の堀の西側、右:堀兼林道


左:主郭中央部、右:主郭南側


左:主郭北側、右:同左北下の堀切


左:主郭北下の堀切、右:同左を反対側から


左:主郭南東下の郭、右:南面の堀の東端付近



 この辺では珍しい普通の山城。ただ熊本や福岡の城の縄張りとはちょっと違う。ここも礫岩層。





都於郡城


左:本丸の東下と大手門、右:大手門を上から


左:本丸南側、右:同左


左:本丸と二の丸の間の堀、右:同左堀へと下りる堀…というか道?


左:本丸北側の西縁の土塁、右:本丸北側を西から


左:二の丸を望む、右:本丸北側の北縁の土塁


左:奥ノ城、右:本丸北側を東から


左:奥ノ城と本丸の間の堀、右:奥ノ城の西側斜面


左:奥ノ城、右:奥ノ城の南東縁の土塁、奥は本丸


左:三の丸を下から、右:二の丸と三の丸の間の堀


左:三の丸を西から、右:三の丸から二の丸を望む


左:三の丸と二の丸の南斜面、右:三の丸の南斜面、奥は西ノ城


左:二の丸の北縁の土塁、右:二の丸から三の丸を望む


左:二の丸から本丸北側を望む、右:二の丸東縁の土塁



 郭の構造も、上下のメリハリも、整備の良さも、かなり良かった。ただ、もうちょっと観光客が来ても良いんじゃないか、というくらいに人が居なかった。一般の人は建物が無いと魅力を感じないんかねぇ。





綾城


左:本丸に建つ偽天守、右:本丸の西下の堀


左:偽天守、右:偽天守からの眺め


左:土塁?と偽門、右:堀?


左:土塁?、右:駐車場が西端の郭跡




1962年頃の航空写真(国土地理院:MKU6213-C1-3)

 縄張りは「綾・国際クラフトの城」という謎な施設になっており、本丸には木造の偽天守閣が建っている。あちこちに土塁っぽい物や堀っぽい物があるのだけど、当時の物なのかどうかは不明。唯一確実な本丸の西下の堀は木が生えていて橋の上からは良く見えない。堀底に下りれる遊歩道でもあると嬉しい。




 本来なら都於郡の後で昼食の予定だったのだけど、調べていた店が昼は予約の弁当しかやっていなかった。仕方なくそのまま綾の街に入ったものの、綾の街中も車を停められるような店が見つからなかった。そうこうしている間に昼の1時近くになり、これは厳しいなと天ヶ城へ向かっていたら、たまたま「山小屋」というレストランを見つけて、ここで昼食。ようやくまともなチキン南蛮を食べられた。念願のチキン南蛮だったものの、期待が大きすぎたためか、そこまで感動できなかった。




天ヶ城


左:本丸東側の堀、右:本丸側から東端の郭を望む


左:東端の郭、右:三の丸


左:本丸跡に建つ偽天守と偽門、右:本丸から西側の郭を望む




1947年頃の航空写真(国土地理院:USA-R200-24)

 ここも天ヶ城公園として整備され、殆どの場所は城の跡形も無いけど、東端だけ少し面影が残っている。





清武城


左:本丸東側、右:この竹藪の奥も本丸


左:本丸の南東下の郭、右:本丸西下の郭


左:北西隅の郭、右:本丸を望む




1962年頃の航空写真(国土地理院:MKU6213-C10-10)

 主郭の殆どは竹藪。そして他は畑や民家。城を見ている気になれない。




 ちょっと早いが、これにて今回の遠征は終了ということになった。これから1週間近く九州旅行を楽しむ予定のI家親娘と別れ、4人で1台のレンタカーに乗り合わせて鹿児島へと向かう。

 都城近くのPAと道の駅で買い物。
 ねったば、というきな粉をまぶした柔らかい芋の餅と、かから団子という小豆餡と餅を混ぜ合わせた柏餅、そして半月というかるかん饅頭を買ったが、いずれも美味しかった。

 鹿児島空港でYさんを降ろし、鹿児島中央駅でレンタカーを返して解散。3日間で500㎞以上走っていた。

 新幹線に乗る前に、駅地下で鹿児島ラーメンを食べるのだけど、塩辛くてコクの無いスープだった。次は無い。…いや、次があるのか?

 予定よりも1つ早い1830のみずほに乗って帰る。午後9時半くらいに家に着く。移動、移動で疲れた。




総括:

 侍ジャパンのおかげで、一時はどうなることかと思われたが、何とか無事に終えることができた。そして2月末の宮崎は、気候は既に春。あちこちで桜(と言っても河津桜)が満開。菜の花も咲いていて、季節感が思いっきり狂わされていた。

 今回は未開拓地であったこと、そして大所帯ということで、目標の殆どを整備された有名な城で固めることができたことから、撤退が出なかった。皆歳をとっているので、今後は緩い目標で固めることになるのだろう。



戦果
	攻撃対象	17城

	うち 棄権	0城

			17城	攻略



ここから以下のページへ行けます。

 初日へ



 戻る