足摺岬西部 第2受信所





全体配置図




第2受信所





左:北面の土塁の東側を北から、右:北面の土塁の西端の出入口



左:北の出入口を内側から、右:同左の西にある地下壕?D



左:コンクリート基礎Aを西から、右:基礎Aのアップ、アンカーボルトが4本



左:基礎Aの東に南北に伸びるコンクリート基礎、右:土塁北東隅内側から南西方向を






左:基礎A付近から土塁北東隅を、右:基礎A付近から南東を



左:南東の出入口を内側から、右:土塁の東面を南から



左:南端から平坦地C方向を、右:南端から基礎A方向を



左:E付近から内部を見下ろす、右:同左



左:E付近から北の出入口を見下ろす、土留めのコンクリ板が残る、右:窪地Eを北から





送信所から機銃陣地へと伸びる尾根の東斜面に平坦地を切り出し、北と東を土塁で囲んだ場所がある。内部の平坦地は東西10m弱、南北約15mで、中心付近にコンクリート基礎Aと、その東に南北に長いコンクリート基礎がある。コンクリート基礎Aは外形が一辺約60cmの正方形で、4本のアンカーボルトが約35cm間隔で植えられている。
東斜面には一段上がって平坦地Cがある。また北の出入口の西の斜面には地下壕らしきDがあるが埋もれてしまい、奥が浅いかどうか不明である。北の出入口の脇には、土留めのコンクリートが残っている。北の出入口の西上には南北に長い窪地Eがあるが、貯水槽か何かだろうか。北には平坦地Fがあるが、ここからは北に道が伸びている。

元技師のMさんが地元の郷土史を調査されているNさんに宛てた手紙内の地図では、ここを第2送信所としているが、第1受信所第3受信所のコンクリート基礎、平坦地の広さの、両方共に大きく異なっている。元技師のMさんの手紙内の地図では、東西どちらもの警戒機陣地でも受信所は2ヵ所までしかなく、その為に上記2ヵ所の受信所を建設した後に追加で建設された受信所ではないか?と推測してみる(そうなると、第3受信所がMさんの言う第2受信所となり、多少とも辻褄が合う)。
ただ、この警戒機陣地に隣接する民宿のおばさんの話だと、戦後この尾根筋付近で沖合いの石油掘削候補地の調査か何かを行っていた事があるそうで、その施設跡の可能性もある。確かに、ここに受信所を設置した場合、山の斜面が邪魔で東側しか探知できないと思われるものの、戦後に施設そのものの周囲を土塁で囲わなければならない必要性も無く、コンクリート基礎は別としても、この敷地そのものは何らかの軍事施設である可能性が高いのではないだろうか。





ここから以下のページへいけます。